冠詞とは「名詞の身元表示」
英語の学習で、多くの日本語話者が最後まで悩まされるのが冠詞、すなわち名詞の前に付く a と the です。日本語には冠詞にあたる言葉がないため、「どちらを使うのか」「そもそも要るのか」が感覚的につかみにくいのです。
- a dog(一匹の犬)
- the dog(その犬)
どちらも「犬」を指しているのに、a と the で何が違うのでしょうか。多くの教材は「数えられる名詞には a を付ける」「二回目には the」といったルールを並べます。それらは間違いではありませんが、丸暗記しようとすると例外だらけで挫折します。
冠詞には、もっとすっきりした一本の筋があります。a と the は、その名詞が「聞き手にとってどういう身元のものか」を示す標識だと考えると、見通しがよくなります。「これは聞き手の知らない初登場のものですよ」と示すのが a、「これはお互いに分かっている、あの特定のものですよ」と示すのが the です。
実はこの感覚は、there is / areの記事で見た「新情報(初登場のもの)」と「既知のもの(すでに分かっているもの)」の区別と、まったく同じものです。there is / are が「新情報を後ろに置く」仕組みだったように、冠詞は「その名詞が新情報か既知か」を、名詞ひとつのレベルで示しているのです。
この記事では、a と the を分けるたった一つの基準(§2)をまず押さえ、a を使う場合(§3)、the を使う場合(§4)、そしてどちらも付けない無冠詞の場合(§5)を、すべて「聞き手が特定できるか」という同じ問いから整理していきます。
冠詞を分ける基準 ― 「聞き手が特定できるか」
a と the の使い分けは、突きつめると、たった一つの問いに集約されます。
聞き手は、それが「どれのこと」か分かるか?
- 分からない(初登場・どれでもいい一つ)→ a
- 分かる(すでに特定できる、あの特定のもの)→ the
ここで大事なのは、判断の基準が話し手ではなく、聞き手の側にあるという点です。話し手の頭の中でどれを指しているかが決まっていても、聞き手がそれを特定できなければ a を使います。逆に、聞き手も「ああ、あれね」と分かる状況なら the を使います。冠詞は、話し手が聞き手に向けて「これは分かるもの? 分からないもの?」を知らせる標識なのです。
具体例で見てみましょう。
- I saw a dog in the park.(公園で(一匹の)犬を見た)
この dog は、聞き手にとって初めて登場する犬です。どの犬のことか、聞き手には特定できません。「どれでもいい、ある一匹の犬」なので a を使います。
- The dog was barking loudly.(その犬は大声で吠えていた)
いま話に出たばかりの、あの犬のことです。聞き手はもう「さっきの犬ね」と特定できます。だから the を使います。
同じ「犬」でも、聞き手が特定できるかどうかで a と the が切り替わる ── これが冠詞の根本です。「数えられるから a」「二回目だから the」といった個々のルールは、すべてこの「聞き手が特定できるか」という一つの基準から派生したものにすぎません。
なるほどコラム:a は「1つ」、the は「あれ」から生まれた a と the の意味の違いは、その成り立ちにもあらわれています。a はもともと one(1つ)と同じ語から生まれました。だから a は「1つの」という数の意味を根っこに持ち、数えられる名詞の単数にしか付きません。一方 the は、that(あれ・その)や this と同じ系統の語から生まれました。that は指を差して「あれ」と特定できるもの。the が「お互いに分かる特定のもの」に付くのは、この「指させる=特定できる」という出自を受け継いでいるからです。a=「1つの」、the=「あの」と頭の片隅に置いておくと、使い分けの感覚がつかみやすくなります。
a を使うとき ― 初めて・どれでもいい一つ
a(母音の前では an)を使うのは、聞き手にとって初登場で、どれのことか特定できない、ある一つのものを指すときです。§2 で見た「聞き手が特定できない → a」の場合です。
- I bought a book yesterday.(昨日、本を(一冊)買った)
- She is a teacher.(彼女は先生だ)
- Can you pass me a pen?(ペンを(一本)取ってくれる?)
どれも、聞き手にとっては「どの本」「どのペン」かが特定できない、初登場のものです。「ある一冊の本」「どれでもいい一本のペン」というニュアンスになります。
ここで、a の根っこにある「1つ」という意味(§2 のコラム参照)を思い出すと、a の二つの性質が説明できます。
ひとつは、a は数えられる名詞の単数にしか付かないということ。a はもともと「1つの」なので、「1つ」と数えられないもの ── 複数のものや、水・音楽のように数えない名詞 ── には付けられません。この点は §5 でくわしく見ます。
もうひとつは、a / an の使い分けです。an は、後ろの語が母音の音で始まるときに使います。
| 例 | 理由 | |
|---|---|---|
| a | a book, a cat, a university | 子音の音で始まる(university は「ユ」) |
| an | an apple, an hour, an idea | 母音の音で始まる(hour は「ア」) |
ポイントは、つづりではなく音で決まることです。university はつづりは u で始まりますが「ユ(子音の音)」なので a、hour はつづりは h ですが「アワー(母音の音)」なので an になります。発音したときの音の出だしで判断します。
なお、a には「犬というものは一般に忠実だ(A dog is loyal.)」のように、種類全体を代表させる使い方もありますが、これは応用的な用法です。まずは「初登場・不特定の一つ」という中心の意味を押さえておけば十分です。
the を使うとき ― お互いに特定できる
the を使うのは、話し手と聞き手の両方が「どれのことか」を特定できるものを指すときです。§2 の「聞き手が特定できる → the」の場合です。
the が使われる場面はいくつかありますが、丸暗記する必要はありません。すべて「なぜ聞き手はそれを特定できるのか」という一点でつながっています。理由ごとに整理してみましょう。
| なぜ特定できるか | 例文 | 説明 |
|---|---|---|
| 一度話に出たから | I saw a dog. The dog was big. | 前に出た dog を受けている |
| その場の状況で明らかだから | Close the door, please. | その場にあるドアは一つに決まる |
| 後ろの語句で限定されるから | the book on the desk | 「机の上の」で一冊に絞られる |
| 世界に一つしかないから | the sun, the moon | 太陽は一つ。特定するまでもない |
それぞれ見ていきましょう。
一度話に出たもの。一度 a で登場したものは、二回目からは聞き手も「さっきの、あれ」と分かります。だから the になります。これはthere is / areで見た「新情報 → 既知」の流れと同じで、a(新情報)で出して the(既知)で受ける、というリレーです。
その場の状況で明らかなもの。Close the door. と言えば、その部屋にあるドアのことだと聞き手は分かります。言葉で説明しなくても、状況からどれか特定できるので the です。
後ろの語句で限定されるもの。the book on the desk のように、「机の上の」という説明が付くと、どの本かが一冊に絞られます。聞き手が特定できるので the です。
世界に一つしかないもの。the sun や the moon は、そもそもこの世に一つしかないので、わざわざ特定するまでもなく聞き手に分かります。だから the が付きます。
このように、the が使われる理由はさまざまに見えても、根っこは一つ ── 聞き手がそれを特定できるから、です。場面ごとのルールを覚えるのではなく、「聞き手はこれがどれか分かるか?」と問えば、the を使うべきかどうかは自然と判断できます。
無冠詞 ― a も the も付かないとき
冠詞は、いつも付くわけではありません。a も the も付かない無冠詞の場合があります。どんなときに無冠詞になるのか ── これも、a の「1つ」という性質(§2・§3)から考えると、すっきり理解できます。
a は「1つの」を意味するので、「1つ」と数えられないものには付けられません。具体的には、次のような名詞です。
| 種類 | 例 | なぜ a が付かないか |
|---|---|---|
| 複数のもの(一般) | Dogs are loyal. | 「1つ」ではない(複数)から a が付かない |
| 数えられない名詞 | I like music. / water | 「1つ、2つ」と数えないから a が付かない |
| 固有名詞 | Tom, Japan | それ自体で特定されていて、a も the も要らない |
ひとつずつ見ましょう。
複数のもの(一般)。「犬は一般に忠実だ」のように、特定の犬ではなく犬という種類全体を指すときは、複数形にして無冠詞にします(Dogs are loyal.)。「1つの犬」ではないので a は付かず、特定の犬でもないので the も付きません。
数えられない名詞。music(音楽)、water(水)、information(情報)などは、「1つ、2つ」と数える対象ではありません。a は「1つ」を表すので、数えないこれらの名詞には付けられないのです。
- 誤:I like a music.
- 正:I like music.(音楽が好きだ)
ただし、数えられない名詞でも、特定できる場合は the が付きます(the water in this bottle=このボトルの水)。「a が付かない」ことと「the が付かない」ことは別問題で、特定できるかどうかで the は付きうる、という点に注意してください。
固有名詞。Tom や Japan のような固有名詞は、それ自体がすでに世界で一つに特定されています。だから、特定の標識である the も、不特定の標識である a も、基本的に必要ありません。
無冠詞のポイントをまとめると、a が付かないのは「1つと数えられないから」、the が付かないのは「特定する必要がない(または不特定の一般を指す)から」です。冠詞が付くか付かないかも、結局は「数えられる一つか」「特定できるか」という、これまでと同じ問いで決まります。
つまずきポイント
冠詞で間違えやすい点を整理します。多くは「聞き手が特定できるか」と「a は1つ」を意識すれば防げます。
つまずき1:初登場なのに the を使う
話し手の頭の中で特定できているからといって、聞き手も特定できるとは限りません。
- 誤:Yesterday I bought the pen.(聞き手はどのペンか知らないのに the)
- 正:Yesterday I bought a pen.(初登場なので a)
§2 のとおり、判断基準は聞き手の側にあります。聞き手にとって初登場なら、話し手が特定していても a を使います。
つまずき2:二度目・特定済みなのに a を使う
逆に、すでに話に出て聞き手も特定できるのに、a のままにしてしまう誤りです。
- 誤:I saw a cat. A cat was white.
- 正:I saw a cat. The cat was white.(二度目は特定できるので the)
一度 a で出したものは、二度目からは the で受けます。§4 で見た「a → the のリレー」です。
つまずき3:数えられる名詞の単数を、裸で使う
英語は、数えられる名詞の単数を、冠詞も何も付けずに「裸」で置くことを嫌います。
- 誤:I have pen.
- 正:I have a pen.(数えられる名詞の単数には a が必要)
数えられる名詞の単数は、a / the / my / this などの「身元を示す語」を必ず伴います。「ペンを持っている」と言うだけでも、a pen のように a が要るのです。日本語の「ペンを持っている」にはこうした標識がないので、付け忘れやすい代表的なポイントです。
つまずき4:the を「特別な・ザ・〜」の意味だと思う
the を「ザ・〜」のような強調表現だと勘違いする誤りです。
- the dog は「ザ・犬(特別な犬)」ではなく、「(お互いに分かる)その犬」
the の役目は、強調ではなく特定です。「お互いにどれか分かっている」という標識であって、特別さや強調を表すものではありません。§2 の「聞き手が特定できる」に立ち返れば、誤解を避けられます。
まとめ早見表
冠詞の使い分けを一覧で整理します。基準はつねに「聞き手が特定できるか」「数えられる一つか」です。
| 冠詞 | 使うとき | 例文 |
|---|---|---|
| a / an | 聞き手にとって初登場・不特定の、数えられる一つ | I saw a dog. |
| the | 話し手と聞き手の両方が特定できるもの | The dog was big. |
| 無冠詞 | 複数一般・数えられない名詞・固有名詞 | Dogs are loyal. / I like music. |
冠詞を選ぶときは、次の順で問えば判断できます。
- 聞き手は、それがどれのことか特定できるか?
- できる(一度出た・状況で明らか・限定されている・世界に一つ)→ the
- 特定できないなら、それは数えられる一つか?
- 数えられる一つ(初登場)→ a / an
- 複数の一般、または数えられない名詞 → 無冠詞
この二つの問い ── 「聞き手は特定できるか」「数えられる一つか」── だけで、a・the・無冠詞のどれを使うかが決まります。
冠詞は、覚えるべきルールが山ほどある厄介な項目に見えて、その実、たった一つの考え方で貫かれています。a は「聞き手の知らない初登場の一つ」、the は「お互いに分かる特定のもの」。この軸さえ持っていれば、個々の場面に振り回されずに判断できます。そしてこの「初登場か、既知か」という感覚は、there is / areで見た英語の情報構造と、同じ根っこから生まれているのです。
次に読むとよい記事
冠詞は、名詞が「聞き手にとってどういう身元か」を示す標識でした。関連するテーマを合わせて確認しておきましょう。
- there is / are の基本 ― 「新情報(a)か既知(the)か」という同じ感覚が働く構文
- 品詞 ― 冠詞が付く相手である「名詞」という品詞の位置づけ
- 文の要素 ― 名詞が主語(S)や目的語(O)として文の中で果たす役割